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だれかがロウソクの火を灯してくれているというしあわせ

ケーキ

 

気がついたときには、誕生日の翌日だった。もっと正確に言えば、気がついてはいたが、すぐに忘れてしまっていた。

 

 

子どものとき、あれほど特別だった日があっただろうか。お正月。夏休み。クリスマス。数ある特別な日の中で、誕生日だけはどの日よりも特別だった。

 

その日が近づくにつれて、ぼくの気持ちはそわそわした。あと5日。あと3日。とうとう明日。一年に一度ある誕生日だけは、家族の中でぼくが一番になった。なにをしていても許される、特別な一日だった。

 

貧しい家庭だったが、その日だけはテーブルにチキンやハム、ポテトフライなどが並んだ。

 

いちごのケーキには年の数だけロウソクが立てられ火が灯った。

 

「ボウッ」

 

と暗闇に浮かび上がるロウソクの火に照らされたぼくが今日の主役だった。

 

ハッピーバースデイの歌が終わり、ぼくは勢いよくロウソクの火を消した。次の瞬間、すべてが静寂と闇に包まれた。部屋の電気がつけられるまでのほんの一瞬の静寂。

あの一瞬はとても奇妙な時間だと、今でもぼくは感じてしまう。時間の谷に堕ちてしまうような、地球の回転が止まっているような、そんな気持ちになってしまう。たぶん、あの一瞬の暗闇で、ぼくは大人へ向かう階段を一つ上ったのかもしれない。

 

 

少し早い誕生日プレゼントが届いた。箱の中には靴下とハンカチ。それに少しのお菓子が入っていた。

 

「そうか。もう少しで誕生日か」

 

何歳になるのかを考えて、頭の中に意識付けしたはずなのに、すぐに忘れてしまう。

 

「また一歳年を取りましたね」

 

誕生日当日の友人からの連絡でまた思い出す。

 

「そういえば今日は誕生日だ。帰りになにか美味しいものでも食べて帰ろうか」

 

そんなことを考えたりもする。

 

1000万人が住む東京という大都会で、働きアリのように働き、疲れた体を引きずりながら狭い部屋へと帰ってくる。毎日同じことを繰り返し、ふと気がついたときには、あれほど特別だった誕生日は過ぎ去り、美味しいものを食べることさえ忘れてしまっていた。

 

子どものころ、今か今かと指折り数えた誕生日はどこへ行ってしまったのか。

主役になれたあの日のわくわくはどこへ去ってしまったのか。

重ねた年の数だけ刻まれるしわは濃くなっていくが、まっすぐで純粋だった気持ちは薄れてしまう。

 

ただしかし、この広い世界の中で、わたしたちが生きている間に出会うことのできるほんの一握りの人の中に、あなたの記念日を覚えてくれている人がいることを忘れないでほしい。遠く離れていても、あなたの記念日を喜んでいる人がいる。

 

あのときの、子どもの気持ちには戻れないかもしれないが、うれしさや、喜びの気持ちは大人になっても同じである。

あなたのうれしさや喜びは、だれかのうれしさや喜びであり、あなたのしあわせは、まただれかのしあわせなのだから。

 

 

ぼくはロウソクに火を灯すことを忘れてしまったが、火を灯してくれている人がいることのしあわせを忘れないように、その火を心の中で吹き消した。

 

 

(アイキャッチ画像:著作者:Aih.)

 

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