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家族に看取られてお別れする。ネコのともちゃんの話

ネコ

 

18年前、彼は彼女の家にやってきた。

 

まだ小さかった彼は、家族から「ともちゃん」と呼ばれるようになり、たくさんの愛情を注がれて大きく成長していった。

 

名前は「ともや」。ペルシャ猫だった。

 

ともちゃんがまだ6、7歳だったとき、一度だけ会ったことがある。

知らない人間の気配を感じたのか、ともちゃんは部屋の隅に置かれていた自分の部屋に隠れた。

それでも気になるのか、顔の三分の一ほどを出して、チラチラとこちらの様子を伺っている。

「ともちゃん」

声をかけて近づいていくと、ササッと身を隠す。

こっちが知らんふりしていると、また顔を出して様子を伺う。

 

わたしにともちゃんはなつかなかったが、時折彼女から送られてくるともちゃんの写真には、なんにでも興味を持つ、好奇心おう盛な姿が写っていた。

「猫らしい姿」

という言葉は、大雑把すぎるかもしれないが、たわむれる姿。首元をなでられてゴロンとする姿は、見ていてかわいい。

それでいて、鼻のあたりはライオンみたいに膨れ上がり、ヒゲが生えていて勇ましい。もふもふと蓄えた豊かな毛は、ペルシャ猫の特徴でもある。

 

「最近、隣の家に行っちゃったり、トイレの場所とか間違えるんだよね」

 

18歳。人間で言えば90歳近い年齢である。ネコも、人間と同じようにわからなくなっていくのかもしれない。彼女もそう思っていた。

 

「片方の目が白濁してて、膿みも出てて。それでね、心配になって病院に行ったら、頭の後ろに腫瘍があって、それが原因で目に影響して。もってあと一カ月ぐらいて言われたの」

 

車通りの少ない道を、わたしと彼女は歩いていた。彼女は前を見て、どこを見るわけでもなく話を続けた。

 

「先生が言ってたんだけど、ネコってね、ガンだから痛いとか、人とちがって、そういったことがないみたいで、“なんだか目が見えない”ぐらいしか感じないみたいなの。

『ともちゃん。綿棒でふいてあげるか?』て綿棒見せたら『してして』て顔近づけてくるの。それで、今度はなんでもない反対の目に綿棒近づける、『いやっ』て手で抑えるの。

それでね。いつもテーブルの下をぐるぐる回ってたり、わたしが部屋を出て行くときも、いつも部屋の片隅で寝てるんだけど、最後になったその日はね、よろよろ玄関の前まで出てきたんだよね。

 

『あれっ、ともちゃんお見送り?』て訊いたら『ニャー』て」

 

その日、仕事だった彼女は、ともちゃんになにがあっても連絡しないでと家族に伝えていた。

 

仕事が終わり、彼女は急いで帰宅したが、彼女を待つことなく、ともちゃんは階段を昇っていった。

 

 

「もうね」

 

 

彼女はそう言うと、どこか清々しい顔で続けた。

 

「ネコは飼わないの。もうネコは飼わないんだ」

 

清々しい顔でそう言った彼女のその言葉は、悲しさであふれていた。

 

 

さまざまな理由で最後まで看取ることができないこともある。

たくさんの命が看取られることなく亡くなっていく。

 

ともちゃんは家族に愛されて最後を迎えた。それだけでも大きな幸運である。

彼女と、彼女の家族の18年間を共に過ごしたのだ。

 

彼女の楽しいとき。

彼女の悲しいとき。

彼女のうれしいとき。

 

ともちゃんはいつも彼女の隣にいた。

 

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