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あのときの勝負が、勝つ喜びも、負ける悔しさも教えてくれた

勝負 競走

 

相撲のまわしを巻いた赤ちゃんが二人、大人に抱えられて神社の土俵にあがった。

どちらが先に泣くかで勝負が決まるらしい。しかしこの神社では勝ち負けはきめない。

 

「八朔(はっさく)祭」は9月の第一週の日曜日に行われる。相撲を取るのが特徴で、神に捧げる「奉納相撲」の要素も含まれている。

赤ちゃんが力士に抱っこされると、丈夫で健康な子どもに育つと言われ、神聖な土俵の土に触れることも縁起がいいと考えられている。

「赤ちゃん土俵入り」

勝負を決める土俵の上で勝負を決めないのは、時代の流れだろうか。

 

 

今でも強烈に記憶に残っている「勝負」のワンシーンがある。

 

わたしは小学一年生を二つの学校で過ごした。

小学一年生で入学した最初の小学校には半年ほどしか在籍していない。引っ越しで学校が変わったのだ。

その最初の小学校でマラソン大会が行われた。

わたしは運動神経がいいわけでもなく、スポーツもこれといって好きではなかった。マラソンの練習もしたことはないし、どれほど自分が走れるのか、そして学年のみんながどれだけ速いのかも知らなかった。

 

マラソンコースは学校から少し離れた場所にある公園内だったことは覚えているが、何キロ走ったのか。学年の総人数は何人だったのか、そこの記憶はない。

 

スタート地点に団子状態に固まった一年生。わたしは中段あたりにいた。スタートの合図までまだ時間があると思ったわたしは、しゃがんで靴ひもを結び直そうとほどいた瞬間、ピストルの音が響いた。

「ワッ!」と、一斉にスタートした集団。しゃがんでいたわたしに無数の脚がぶつかった。

「しまった!」

という思いと、

「くそっ!」

という感情がわき上がった。

ほとんど最後尾からのスタートとなったわたしはペースなど考えずに夢中で走り始めた。

 

 

わたしの友人に、幼稚園に通っている男の子の孫を持つ女性がいる。

毎年行われる孫の運動会には家族で応援に駆けつけているという。今年もその時期がきた。

わたしは、最近の運動会は仲良しこよしで勝負を経験しないことが多くなりましたね、とメールを友人に送った。

しかし返ってきた言葉は想像していたものとは違った。

 

友人の孫が通う園は、今の時代にはめずらしい「勝負」が行われていた。

運動会最大のイベントである徒競走。

勝負はトーナメント戦で行われ、1位にならなければそこで終わる。コース選びもその度にジャンケンで決め、勝負前には走者がマイクで意気込みを語る。

 

スタートライン。

生まれて数年の子どもたちの肩にプレッシャーがのしかかる。

負けられない。負ければ自分の責任になってしまう。

心臓の鼓動が耳に伝う。見守る親たちの張りつめた緊張。

そして、ピストルの乾いた音。一瞬の静寂のあとに押し寄せる歓声。

彼らは小さな脚をフル回転させ、だれよりも先にゴールすることをめざす。

目の前を、ただ先頭で走り切る。

脱落していく者。抜かされる者。抜いていく者。

勝つか、負けるか。

喜びか、悲しみか。

体は小さくても、彼らは「勝負」をしている。そして数分後には「勝負」の意味を知るはずだ。

 

表彰式で友人の孫には園長からメダルが授与された。勝利して手にした優勝メダルである。

 

 

わたしはペースなど考えずに夢中で走り始めた。

次から次へと抜かしていった。まさに「ごぼう抜き」だ。

ペースは速いままだった。走る強弱なんて関係なかった。

ただ目の前を走る者を抜くだけだった。

 

レースは終盤。自分が何位なのかわからない。目の前、十数メートル先に長身の者が一人いた。速かった。いつまでも距離が縮まらない。

そのとき、誰かがわたしの名前を呼んだ。

沿道だ。沿道に母親がいた。並走して、大きく口を開けて何かを言っていた。

母親の声が聞こえない。歓声もなにも聞こえない。聞こえていたのは自分が吐き出す荒い呼吸だけだった。

母親の顔は、うれしさとも、驚きとも、応援ともとれる表情で、そして手はVサインをしていた。

「こんなときにVサインなんて」

そう思いながらわたしは目の前の一人を追いかけていた。距離は、縮まらない。

もう一度沿道に顔を向けた。相変わらずVサインの母親は、もう片方の手でわたしの前を走る者をさした。そしてわたしを指さしてVサイン。わたしは、それが何を意味しているのかやっとわかった。

わたしは軽く頷いた。

母親は、わたしが2位であることを必死で伝えていたのだ。

わたしは目の前の背中を追いかけた。

 

表彰台の一番高い場所に、わたしは届かなかった。ほんの数十センチの、高さがちがう表彰台なのに、1位と2位の差はもっと大きかった気がする。

 

 

あのときの母親の姿は今でも鮮明に残っている。

勝負に負けたことは悔しいが、それよりも母親に勝ちをあげられなかったことのほうがわたしには悔しかった。

あのときの勝負が、わたしを少し大人にしてくれたはずだ。

 

 

wabisuke.hatenablog.jp

 

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