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意味のない人生に目的を持たせる。労働は生計を立てる手段。本当の労働はそのあとだ

選択は正しいか

晴天

 

 

「人生に意味はない」

 

 

これはわたくしが常日頃思っていることであります。

 

 

人は生まれて、死んでゆく。

 

 

余計な言葉を削ぎ落としたとき、人間の説明はこれで十分と思っています。

 

「違う! 人間とは、よりよく、、、」

 

と持論がある人もいるかもしれませんが、それらはすべて「意味」ではなく「目的」です。

 

「いい大学をでる」

「いい会社に就職する」

「金持ちになる」

「結婚する」

「マイホームを持つ」など。

 

これらを実現することが人間の生まれてきた意味と考えているなら、それはあなたの「人生の目的」であって、人間が「生まれてきた意味」にはなりません。

 

生き物の本能でもある「種を残し繋ぐ」こと。

これを行うことが人間が「生まれてきた意味」であるなら、例外なくすべての人間が種を残そうとしなければなりません。それができないのであれば「生まれてきた意味」にはならないのです。

 

今の社会では生涯独り身の人もいます。それを選んだのが本人であれば、「種を残し繋ぐ」ことを拒否したことになります。その時点で「意味」から「種を残し繋ぐ」ことはなくなるのです。

 

「種を繋ぐ」という生き物の本能が「意味」でないなら、先にあげた数々の例も、そしてその他ほとんどのことは「生まれてきた意味」になることはありません。

 

多くの人が思い描いている「人生とはこうあるべき」というものは、すべて「目的」なのです。

 

 

ただし、

 

人は生まれて死ぬだけですが、生きている以上、死ぬまで生きなければいけません。

 

それにはお金も必要ですし、お金を得るために働かなければいけません。

働くには衣食住を考え、精神的安らぎを得るためには、人生のパートナーも必要でしょう。

 

人の一生のうちで大きな割合を占める労働。これは生きていく上で常に考えなければなりません。資本主義、貨幣制度が今後も続くならば、われわれはお金を稼ぎ、消費しなければなりません。お金を必要としない世界で生きることは困難です。

 

しかし、ここで考えなくてはならないのは、仕事をするためにあなたの一生があるわけではなく、また、仕事をしないで生きるためにあなたの一生があるわけでもないということです。

 

世の中にはさまざまな生き方があります。仕事を生き甲斐にしている人がいます。仕事をしないで生きている人もいます。ゲームが好きな人もいます。読書に没頭する人もいます。

 

このどれもが間違いではありません。一人ひとりの人生においてすべて正しいことなのです。

 

二つの労働とは

分かれ道

 

わたくしは、労働を人生の目的にしないほうがいいと思っています。

正確に言えば、「労働力」、またはそれに「費やした時間」と引き換えに「賃金を得るための労働」を人生の目的にしないほうがいいと思うのです。

 

もちろん、会社で働くこと、労働自体に人生の生き甲斐を感じている人もいます。それは意味のない人生を生きていく上での目的となっていいと思います。

 

しかしすべての人が「賃金を得るための労働」に生き甲斐を見いだすことはできません。いやいや働いている人もいます。こんな仕事を続けていくのは無理だと感じている人も多いはずです。それは、そこにしか目的を見いだしていないから辛くなるのです。

 

「すべて正しいこと」と言っておいて、「労働を目的にするな」とは、言っていることが矛盾していると思われるかもしれません。

 

わたくしが言いたいことはこうです。

 

「労働」には二つあると考えます。

一つは「賃金を得るための労働」。みなさんが言う「労働」です。

そしてもう一つは「賃金を得るための労働」が終わったあとの「労働」です。あなたが自分のために使える時間のことです。この時間であなたがどのような事(労働)をするか。わたくしはこの労働を大切にするべきだと考えています。

 

「賃金を得るための労働」は、生きていく上で必要なことです。お金がなければ生きていくことができません。

しかしこの労働を人生の目的から切り離さないと、われわれは一体なにを目的に生きているのでしょう。この「目的」を持てないがために生きていることが辛くなるのです。

 

もしかしてある人の「目的」は、「賃金を得るための労働」で行っている研究の延長線上のことかもしれません。

または、いつか書籍にしたいと思っている執筆活動かもしれません。

飲食店を開業するための料理研究かもしれません。

 

「目的」など、何だっていいのです。

人が本当にやりたいことは、何かに追われたり、強制されたりして行うことではありません。

 

肩書きも、会社というバックも何もない、まっさらな自分自身と向かい合って、あなたが何をしたいか。それを自分の頭で考えるのです。

自分で考えた末に「これが好きだ」と思えるものが見つかったなら、それをすればいいのです。

それが他のだれかには無意味なことであっても関係ありません。お金にならないことでもいいのです。それがあなたの目的になります。

 

人にとっての労働とは「賃金を得るための労働」が終わったあとの時間からはじまるものが、「労働」であるとわたくしは思うのです。

 

この労働をどれだけ充実したものにするか。これが大切なことだと考えます。

 

wabisuke.hatenablog.jp

 

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