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人生に意味はない。阿呆の作り上げた舞台に上がれば、みな阿呆である

人生はゲームだ

ネオン

生き方にもよるのだろうが、わたくしの場合、ある程度年齢を重ねたときに、

 

「なんのために生きているのか」

 

本気でそんなことを考えるようになりました。

wabisuke.hatenablog.jp

 

こんなにも苦しい人生に一体なんの意味があるのか。

 

なんのために生きているのか。

 

自分のために生きているのなら、その自分すら満足できる生き方をできていないのに、自分のために生きているとは、とても言えません。

 

 

人間が生きている意味を正確に答えられる人は、おそらくいないでしょう。

 

 

だれにとっても与えられた一生は自由であり、自らが作り出せるものです。

働いてお金を稼ごうが、なにもせずに気ままに生きようが、犯罪を起こして刑務所で生きていこうが、あなたが作り出した人生なのです。

 

しかしときには思うように行かないときもあります。

 

仕事がうまくいかない。人間関係が最悪だ。好きな人と別れた。親の介護で退職を選択した。

 

突然の出来事に思い描いていた人生設計を変更しなければいけない場面に遭遇することもあるでしょう。

 

人生は自ら選んだ選択肢によって作り出せるかもしれませんが、それはサイコロを振るだけの行為に似ているかもしれません。

 

サイコロは振れるけど、サイの目は選べない。止まりたいマス目を自分では決められない、人生ゲームと同じなのではないでしょうか。

 

サイコロを振って止まったマス目が不運なイベントのときもあります。

それによって人生が大きく狂ってしまうことも、人生がゲームだと考えればしょうがないのかもしれません。

 

人生ゲームにおいて「勝ち」とは

人生がケームであるなら、そのゲームには勝たなければいけません。

 

しかし、人生の何において勝ち負けを判断するのでしょうか。

 

この人生における「勝ち」は、人間一人ひとり違っています。

 

大金を手に入れることを勝ちと考える人もいれば、世の中を変える発明をすることを勝ちと考える人もいるでしょう。

家庭を持って、子どもが無事に成長してくれることを願っている人は、それが勝ちなのかもしれません。

または長生きをしたいと考えている人は、ただ長く生きれば勝ちなのでしょう。

 

人生のゲームにおいて「勝ち」の基準が違うのであれば、「勝ち」を争うことになんの意味もありません。

 

 

人生は意味のない舞台

「人生に意味はあるのか」

 

もしこの問いにわたくしが勝手に答えるならば、

 

 

「人生に意味はない」

 

 

もしあなたが、

「人生とは仕事をして、家庭を持って、子どもを育てて、、、」と考えているのであれば、それは人生の目的であって、意味ではありません。

 

目的は誰もが違います。ライフプランは人それぞれです。

 

 

人生に意味がないのであれば、どのような一生を送っても、それは正解でも間違いでもないのです。

 

 

われわれが生まれたときから、この世は作られた舞台になっています。

 

意味のない人生を送るために、われわれは疑いもなく、決められた役を演じています。

 

なんの縛りもない自由とは、案外不自由でもあります。

 

ある程度縛りや規制があるほうが人は落ち着くのです。

 

自由に演じるよりも、決まった台詞を言うほうが楽なのです。

 

だから人は決められた役に徹しようとするのです。

 

しかし所詮は舞台の上。それに気がついた者は演者をやめ、舞台から降ります。

 

それを良しとしない舞台制作者は、舞台から降りた者に罵声を浴びせ、罵ります。

 

舞台を降りた者は舞台袖でただただ耐えるのです。

 

しかし彼らは舞台を降りたことによって気がつくのです。

 

その舞台上でどれほど高貴な役を演じたとしても、舞台で演じているかぎり、彼らはみな阿呆なのです。

 

なぜならこの舞台を作り上げた者もまた阿呆だからです。

 

 

そう考えれば、この人生もっと楽に生きられるのかもしれません。

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