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『風立ちぬ』にも出てきたお菓子『シベリア』を考えてみる

 『シベリア』

 みなさんは『シベリア』なるお菓子をご存知だろうか。

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 スーパーのパン売り場に並んでいて、写真では長方形ですが三角形のものも売られてています。不思議な名前。目を引く色合い。興味の枠を超えて一度は手にしてみるが、冒険は冒すまいと棚に戻した方もいるのではないでしょうか。

 わたしがこの『シベリア』を知ったのは東京にきてからなので、およそ10年ほど前になります。何度も買おうと思いながらもそれをレジに持っていくことはありませんでした。

 少し前に宮崎駿監督作品の『風立ちぬ』が上映されて、そのワンシーンでこの『シベリア』を買うところがあり話題になったようです。つい先日、テレビ放映されてわたしも観たのですが、たしかにそのシーンがありました。

 さっそく近くのスーパーで買って食べてみました。羊羹をカステラで挟んだものとネットには書かれていましたが、わたしが食べたもので言えば、水羊羹をホットケーキで挟んだものという感じがしました。カステラのような固さではなく、もっとやわらないものでした。つかんだとき「やわらかい!」と思ったほどです。餡も水羊羹のように滑らかです。材料的にはどら焼きにちかいお菓子なのかもしれませんが、食感はちょっと違う気がします。わたしはこういったものが好きなので美味しくいただきました。

 

 ところでこの『シベリア』という名前、不思議ですよね。なぜシベリアなのでしょう。気になったので調べてみました。

 結論から言うと、詳細はわかっていないようです。wikiでもいくつかの仮説は書かれていますが、明確な答えはわからないということです。

 簡単にまとめると、羊羹、または小豆の餡子をカステラに挟んだお菓子。『シベリヤ』と表記したり、「羊羹カステラ」などと販売しているところもあるようです。

 発祥地や考案者、名称、食品分類まで、正式にはわからないみたいですが、歴史は古いようで誕生は明治後半から大正初期ごろ。当時はどこのパン屋でも作られていた記録があるみたいです。

 古川ロッパというコメディアンの著書『ロッパの悲食記』には大正初期の証言として、旧制早稲田中学に在籍していたころ通った「ミルクホール」という当時の喫茶店で、「ミルクホールの硝子器に入っているケーキは、シベリヤと称する、カステラの間に白い羊羹を挿んだ、三角型のもの。(黒い羊羹のもあった)と綴っています。

 白木正光編『大東京うまいもの食べある記(昭和8年版)』にも、明治時代末期から大正時代初期にかけシベリアが食べられていたとあります。

 これらから時代は明治末期か大正初期に出はじめたものと考えられるのではないでしょうか。

 また、外国にこのお菓子の存在は確認されていなく、小豆の餡子を使っているため、ロシアのシベリア地方が発祥ではないでしょう。

 名称の由来に関してはいくつかあるようです。

  • 羊羹をシベリアの永久凍土に見立てたという説。
  • カステラの部分を氷原に羊羹の部分をシベリア鉄道の線路に見立てたという説。
  • シベリア出兵にちなんだものという説。
  • 日露戦争に従軍していた菓子職人が考案した説。

 このようにわからないということです。

 ではお菓子の『シベリア』からではなく、シベリアから考えてみましょう。

 元来はウラル山脈から東のロシア地域の全て、東は太平洋岸までを意味したとあります。実際に日露戦争のときの俯瞰図の上のほうにはロシアではなく『SIBERIA』と書かれています。

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 時代的なことを言えば、1918年(大正7年)のシベリア遠征のときに作られたのではないかと考えますが、明治後期からあるということはそれ以前、つまり日本がロシアと関わりを持った日露戦争(1904年、明治37年)の前後ではないかとわたしは考えます。

 また、日露戦争以前のロシアとの関係で考えると、ニコライ皇太子が訪日した1891年(明治24年)ときに歓迎するつもりで『シベリア』なるお菓子を作ったのだとしたら、時期的に早い気もするし、「食べる」行為は的外れだと思うし、おかしい。日本人が、シベリア=ロシアを食べることは失礼な行為ではないだろうか。

 

 商品名で面白いものに「正露丸」がある。腹痛でお世話になる人も多いと思います。この「正露丸」、もともとは「征露丸」という名前でした。wikiにはこう書かれています。

 明治34年の陸軍医学雑誌ではクレオソート丸と記載されていたが、「明治三十七八年戦役陸軍衛生史」によると「戦役ノ初メヨリ諸種ノ便宜上結列阿曹篤ヲ丸トシテ之ヲ征露丸ト名ケ出世者全部ニ支給シテ(以下略)」服用を命じた記録が残っており、従来の「クレオソート丸」を「征露丸」と名づけ、使用していたことが伺える。日露戦争後にクレオソート丸に名称が戻るまで4年間のみ「征露丸」として広く軍医の間で使用された訳である。「征露」という言葉はロシアを征伐するという意味で、その当時の流行語でもあった。

ソース元:Wikipedia

 このように見ていくと、当時敵対していたロシアに対して国や国民感情をあおる上でもロシアにちなんだ名前の商品が話題になったのかもしれませんね。そのような時代背景が『シベリア』を生んだのかもしれません。

 『シベリア』を食べればロシアに勝てる。という思いが込められていたかどうかは現代のわたしにはわかりません。

 

では今日はこのへんで。

 

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