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節分に年越しそば

 

 今日は節分。

 豆を投げた記憶が残っているのは、雪深い夜に、鬼のお面を着けた兄に向かって。小学校低学年だったわたしの、その記憶だけ。雪が窓の隙間から入ってくるような、とても貧しい家だったのに、なぜか子どものころの記憶は、その貧しさを隠してしまいそうな鮮やかな色彩を持っている。豆と一緒に投げられる奇声にも似た声は、子どもだから許されたのか、それとも時代が寛容だったのか。今は声すら聞こえない。鬼さえいないのかもしれない。

 歳の数だけ豆を食べるのだが、年齢を重ねるにつれて一粒の重みが胃に響く。今年から煎った大豆ではなく、惣菜の煮豆に変えた。申し訳ないとすさんだ心で福の神に詫びた。

 いつからか恵方巻きなどというものが流行りだした。関西方面の習慣らしいのだが、どこかの寿司企業が全国的イベントにしようと始めたものなのだろうと思いつつも、スーパーに売っていた299円の恵方巻きで福が訪れるなら安いと思い、手に取った。『今年の恵方は西南西』と、貼られたシールに書かれている。たしか食べるときは切らずに、無言で、まるまる食べる。七福神にちなんで七つの具材が巻かれているようだが、買った恵方巻きをよくよく見たら『五目』と自信満々に書かれていて残りの二人はどこにいってしまったのか。容器の裏に目を向けると、『グリジン』や『ソルビット』など、小粋な名前があった。体に悪そうだ。

 旧暦では節分が大晦日に相当するため、ここを節目に考えることもできるから、わたしは悪いものを置いていき、新年を迎えるつもりだ。12月から本当にツキがないことが身に降りかかり現在進行形である。七福神もいいが、ツキの神がきてほしい。

 旧暦の新年を迎えるにあたり、ついでに年越しそばを食べようと思っている。数年後に大手そば企業が『節分の日には年越しそば』などと、全国イベントにするだろうと睨んでいるのだが、はたしてどうだろう。

 

では今日はこのへんで。

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