スポンサーリンク

早すぎる死。岩崎俊一さん。

コピーライター岩崎俊一

「SALUS(サルース)」という無料情報誌をご存知だろうか。東京にお住まいで、東急線をお使いの人は一度は見たことある、馴染みのタウン誌である。毎月20日に駅構内のラックに並べられている。わたしが使う田園都市線にもあり毎月楽しみにしている。内容は東急沿線の情報と、いくつかのエッセイが掲載されていて、すべてカラーで見やすい。

 

わたしがそのエッセイ『大人の迷子たち』をはじめて読んだのがちょうど4年ぐらい前だろうか。すでに掲載ははじまっていたが、そのときまで気に留めることもなかった。通勤電車の中で何となく読んだそのエッセイが、わたしにとって衝撃的だった。心打たれたとか、しみじみと伝わるというものではなかった。読み進めると、わたしもその場に居合わせて、筆者とともに同じ空間を共有している。選び抜かれた言葉の一つひとつが浮いた言葉ではなく、地に根をはり、わたしに語りかけてくるのである。冊子の中の1ページ、1400字ほどの分量、二、三駅の間で読み終えてしまうほど短いそのエッセイには、書かれていない時間の背景までも読み取ることができる、そんな言葉を選び、表現されていた。

 

何者でもないわたしは、もちろん岩崎氏に会ったことはない。ただの一読者であるにすぎない。しかし会ったこと、話したことがない方でも岩崎氏が残した数々のコピーは知っているはずだ。

 

 美しい50代がふえると、日本は変わると思う。(資生堂)

 21世紀に間に合いました。(トヨタ・プリウス)

 英語を話せると、10億人と話せる。(ジオス)

 年賀状は、贈り物だと思う。(日本郵便)

 やがて、いのちに変わるもの。(ミツカン)

 

わたしも岩崎氏の言葉の選び方、書き方を、氏の書籍を元に勝手に学び、マネをしている。しかしどこを見ても、無駄な言葉がふわふわと並べられている。1400字は、短そうで、長い。

 

もうこれから先、岩崎氏の言葉を読むことができない。早すぎる才能の死である。残念でならない。もっともっと言葉を紡ぎだしてほしかった。もっと教えてほしかった。闘病生活を終えて戻ってこられて、再びSALUSの掲載が再開さたとき、どれほどうれしかったか。それは岩崎氏本人が一番強く思っていたことだろう。残念だ。本当に残念でならない。

 

氏のご冥福をお祈りします。

 

ここに岩崎氏の『大人の迷子たち』のエッセイの一つを掲載することをどうかお許し願いたい。

『人は、自分の人生に、自分以外の体温を求めている。』

 

一匹の犬が死んだ。ゴールデンレトリバーのリク。13歳の女の子だった。

 病に倒れて半年が過ぎ、寝たきりになって2カ月が経とうとしていた。飼い主の加代さんは懸命に看病をしたが、この1カ月は点滴に頼る状態が続いていた。

 加代さんは飲食店の経営者である。従って夜は遅い。最後の客が帰ると、後片付けをスタッフにまかせ、飛んで帰る日々だった。

 加代さんが部屋に入ると、リクはいつもかすかに身じろぎをした。首を重たげに傾け、明暗しか判らない目で彼女を探す。彼女は急いで駆け寄り、抱きしめる。するとたちまち、彼女に、馴れ親しんだ温もりが伝わってくる。死の床に就いてさえなお、リクは、13年間加代さんを癒し続けた体温を惜しみなく分け与えてくれたのである。

 ある夜帰宅すると、リクが部屋のまん中でうずくまっていた。周辺が濡れていた。

 リクは「下の始末」にかけては飛びきり潔癖な性分で、一度たりとも面倒をかけたことがなかった。そのリクが、加代さんの帰りが遅れたその夜、這ってトイレに行こうとし、途中で力尽きたのだ。加代さんと目が合ったとたん、一瞬リクは叱られはしないかと怯(ひる)み、ベソをかいたような顔になった。それを見た瞬間、加代さんの目から涙があふれた。彼女は走ってリクに駆け寄り、「いいのよ、いいのよ」と言いながら、その痩せたからだを強く抱きしめたという。

 最後の夜が来た。

 その日は土曜日で店はなく、加代さんは一日リクの傍にいた。彼女はリクの首回りの毛触りが好きだった。ふさふさと豊かなそこに触れていると、とてもやさしい気持ちになれた。この柔らかさとぬくもりを忘れてはならない。この感覚をこの手に記憶させなければならない。心にそう念じ、撫で続けていた。

 やがて、大きく呼吸をしたかと思うと、リクの動きは静かに止まった。時計を見ると、針は午前3時を少し過ぎていた。

 

 あのね、とニッコリ笑って、加代さんは2枚の写真を見せてくれた。リクの最後の夜の写真である。加代さんの家には、リクの他に、ミニチュアダックスのもも、柴犬のさっちゃんがいるのだが、1枚目にはリクの傍にピタリと寄り添うももがいて、2枚目には添い寝するさっちゃんがいた。「リクが息をひきとったあと、私も誘われるように眠ってしまった。目を覚ますと、リクの隣にいたももはさっちゃんに替わっていた。私が意識を失っている1時間の間に、2匹はしっかりと交代して、リクの通夜をしてくれていたの」

 僕はふと、僕がこうして酒場で飲んでいる今も、日本のどこかで、死に行く犬や猫を抱きしめて泣いている人がいるのだと思った。その悲痛な姿が一瞬頭をよぎり、僕の胸をしめつける。

 地球という星は、なんと切ない星なのだろう。

 人と人だけじゃない。人と他の生き物の間にだって無数の愛が行き交っている。愛があふれる場所には、また涙もあふれるのだと思った。

 

大人の迷子たち

大人の迷子たち

 

 

スポンサーリンク