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人間は生まれたときから不平等

THINKs THINKs-生きること

平等ではない

正月はくだらない番組ばかりなので何となくニュースを観たいと思ってNHKに変えると、『世界の果ての通学路」』というドキュメンタリー映画がやっていました。

 

たしか、何かの雑誌の小さな枠での紹介文を読んだことがあったのを薄く覚えていたこともあり観ていました。

 

野生動物に注意しながらサバンナを2時間かけて通うケニアの兄妹。4時間かけて往復するモロッコの3人の少女。馬で通学するアルゼンチンの兄妹。兄の車いすを押して通うインドの3人兄弟。

 

それぞれが険しい道のりを超え、危険な目に遭遇しながらも、親切な人たちに助けてもらい学校まで通う。授業では真剣な眼差しで先生の話を聞いて勉強する姿が映し出されます。

 

「なぜ険しい道のりを超えてまで学校に通うのか」。その問いに彼らは、学んだ先にある自らが抱く夢を語ります。医者。宇宙飛行士。学校の先生。明確な答えを彼らは持っていました。

 

わたしはこの放送を観てあらためて実感しましたよ。この世は不平等にできているんだと。

 

彼らはすばらしいですよ。学ぶことを渇望して危険な道を何時間もかけて学校に通うんですから。生意気な態度のろくでもないガキよりよっぽどいいですよ。

 

だけどわたし思うんです。彼らの「通う」苦労って本当に必要ないと。2時間かけて学校通うより、10分の通学時間のほうがいいでしょ。どっち選ぶって言ったら10分ですよね。わたしならゾウに遭遇するサバンナの通学路よりもローソンの前通る通学路を選びますよ。

 

彼らの前で平等なんて口が裂けても言えないです。「学ぶことは平等だ」とか言わないでください。2時間の通学時間より通学時間10分で残り110分を学ぶ時間に充てたほうがいいですよ。それでも平等だなんて思いますか。

 

わたしたちは生まれたときからすでに平等じゃないわけで、生まれる国も選べなければ親も選べない。生まれたときからすでに「ある程度の差」があります。それってしょうがないことなんです。どうしようもないんですよ。だけど、その「ある程度の差」を埋める方法がないかと考えたとき、教育しかないと思うんだな。教育とか学問とか、そういった堅苦しい言葉でなくてもいいんですが、「学ぶ」ことでしか変えられないと思うんですよ。

 

足の不自由な少年が、将来は医者になって同じように足の悪い人を治したい、と夢を語るんですが、足が不自由じゃなきゃもっと楽に学校に通えた、そういった思いがあったんじゃないかな。教師になりたいと語った少女も、学べない境遇にある人たちに教えたい、そういった気持ちがあったんじゃないかと、わたしは勝手に思うんですよ。彼らは教育の重要性を小学生ながら実感していたんじゃないでしょうかね。

 

一人ひとりに教育が行き届くと、考える力っていうものが身に付いて、そこから枝分かれして、政治に興味持ったり、経済に興味持ったり、事業に興味持ったり。それである人が「通学に2時間てありえないから学校つくろう」「通学のために道路をつくろう」「国を変えるために政治家になろう」て考える。そういうふうに考える人が増えると、不平等はなくならないけど「差」ていうものは多少埋まるのかなと、わたしなりにおもうわけで。

 

では今日はこのへんで

 

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