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人は生かし、生かされて、今日という日を生きている

THINKs THINKs-生きること

暗い夜でも温もりは伝わる

犬

 

リリとホシは兄弟のように育った。

 

リリは薄茶色で大柄。ホシはリリより一回り小さい黒毛だった。

 

わたしは犬があまり好きではなかった。

子どものころ、はじめて叔母の家に行ったとき、リリとホシはすでに叔母の家にいた。母とわたしが叔母の家の玄関を開けると勢いよくかれらが飛び出してきて、わたしの顔をなめる。彼らの好意の印は、わたしには恐怖でしかなかった。

 

叔母の家に行くたびに、リリとホシはわたしを歓迎してくれた。次第にわたしも、かれらを通して犬が好きになっていった。

 

小学4年生のとき、わたしは家庭の事情で叔母の家に半年間ほど住んでいた。地域が変わったので学校も転校したのだが、転校先の学校には馴染めなく、友だちもできなかった。その半年間は、リリとホシがわたしの友だちだった。

散歩へ行き、一緒に走り回り、好物だったチーズをあげ、かれらに抱きついて、温もりを感じていた。

 

 

リリもホシも、もういない。叔母も二十年前に亡くなった。

 

記憶が定かではないが、リリは体にがんができ、わたしが中学生だったころに亡くなった。ホシもすぐにその後を追ったと母から聞いた。

 

お世話になった叔母もその後、体調を崩すことが多くなった。ガンが見つかり、何度か手術を繰り返したが、若くして亡くなった。

 

 

わたしは動物が好きだ。犬も猫も飼ったことがある。わたしたちが彼らに愛情を注げば、彼らもまたわたしたちに愛情を返してくれる。

彼らは敏感にわたしたちの気持ちを察してくれる。うれしいときは同じように喜び、悲しいときはそっと横で寄り添い、冷めた心に温もりを与えてくれる。

 

「飼う」という言葉に違和感を感じるのは、すでにかれらがあなたの一部になっているからで、人と動物の垣根がなくなっている証である。

 

 

叔母は独り身だったが、十数年の歳月をリリとホシと共に過ごした。

叔母がうれしかったとき、リリもホシも一緒になって喜んだだろう。叔母が悲しみに震えるとき、リリとホシは叔母の横に座り温もりを与えたはずだ。

 

かれらは叔母がいなければ生きていけなかったかもしれない。ご飯をもらい、散歩に行き、雨や風があたらない家がある。もし野良になってしまえば、かれらの一生は長くはなかったかもしれない。

 

しかしわたしはこうも思う。

かれらがいなければ、叔母はもっと早く亡くなっていたのではないかと。

リリが亡くなり、後を追うようにホシも亡くなった。叔母はかれらの死を見届けて、緊張の糸が途切れたように、体が弱くなっていった。生きる支えとなっていたものが亡くなったかのように。

 

リリとホシは叔母という存在があって生かされていることと同じように、叔母もまた、かれらによって生かされていたのではないか。

わたしがいなくなったら、かれらの面倒は誰が見るのか。かれらのために生きよう。生きなきゃだめなんだ。

リリとホシもそれに応えるように生き続けたのだと思う。どんなに暗い夜でも、叔母はかれらに温もりを与え、かれらもまた叔母に温もりを与え続けた。

 

 

今もどこかで、お互いの温もりを感じながら、寄り添い、この夜の時間を過ごしている人がいると思うだけで、わたしの胸は少し締め付けられる。

 

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